ファーラウトに12月25日にSchiedmayer シードマイヤーというグランドピアノが入りました。これからドラムレスでトリオ以下の小編成演奏にこのピアノを使っていきます。どうぞシードマイヤーをよろしくお願いします。
88鍵、サイズは奥行き194×幅148.5×高さ100(cm)です。コンサートグランドよりかなり小さく、今では家庭用サイズになりますか。でも100年も前のこれが作られた時代には、多分もっとも大きいピアノの一つに数えられたことでしょう。シードマイヤーはドイツの会社で、これは1907年製のピアノですが、この会社はもうピアノから手を引いていて、チェレスタを作る会社としては現在も存続しているようです。いずれにしろ20世紀初めのこのピアノには現在のその会社はあまり関係なさそうです。
買った時に1907年製と言われましたが、1907年製という表記はどこにも見あたりません。シードマイヤーという会社は、1735年に Balthasar Schiedmayer が最初のクラヴィコードを製作して始まり、1809年に3代目のJohann Lerenz Schiedmayer がシュトゥットガルトにピアノ会社を創業しています。1735年設立ということはこのピアノの響板の中心部にドイツ語の焼き印で書かれています。その後Johann Lerenz の二人の息子Juliusと Paulが1853年にJ&P Schiedmayerという会社を作り、しばらくは二つのシードマイヤーがあったそうですが、1969年に両者は合併したそうです。スタインヴェグ(匕)とスタインウェイのように、ピアノ製作者たちは親戚家族が移住して別会社を作ったりしますから、こういうことは往々にして起きます。
スタインヴェグもベーゼンドルファーも1830年代に創業していますから、19世紀半ばの時点ではシードマイヤーは先輩格にあたり、両社ともこの会社のピアノを模範としていたのではないでしょうか。スタインヴェグから別れてアメリカでスタインウェイがピアノの会社を作ったのはやっと1900年のことです。
このピアノは、響板のプリントに J&P Schiedmayerと書いてありますから、4代目の二人Juliusと Paulの方の会社の製品で、そこには「シードマイヤー家は6世代続いている」とも書いてあります。シリアルナンバーは見えるところにはなく、鍵盤の蓋枠を取りはずすと内側に書いてあり、34130とありました。オランダとイギリスのインターネト・サイトにシードマイヤーのスィリアルナンバーが表示されていて、多分イギリス版の方が J&P Schiedmayerのピアノのスィリアルナンバーではないかと思われます。
そこには次のようにありました。
1891-1900 22401-31000 (8600台)
1900-1910 31001-43000 (12000台)
1911-1920 43001-51800 (8800台)
1890年代は、それまでの時代に較べて、ピアノの生産が俄然多くなっていきます。1900年代は主にアメリカでとても多く売れるようになり、J&P Schiedmayerもアメリカに支店をもっていたので、それが結果に出ていると思います。また10年代はアメリカではグンと伸びて大量に売れていますが、ドイツでは第一次世界大戦のため生産がガクンと落ちていることが伺われます。この数字が正しければ、34130は1901年から1910年の間の半ばの製品にあたり、とくにこの10年は後半に多く作られたようで、ならば1907年製で合っているように思います。1735年から6世代ということは1世代25-30年とするとちょうど1900年ごろにあたり、1907年製でほぼ間違いないと思います。
ピアノは最初は中の枠が木でしたが、19世紀末から鋳物が発明されて使われるようになり、現在のピアノのかたちができました。このころ20世紀初めのピアノにはいいものが多いと私は思います。1920年製のドイツのスタインヴェグもあるところで弾いたことがありますが、とてもいいものに感じました。シードマイヤーのピアノは「音色が甘く低音がしっかりしていて、とても整っている」とイギリスのインターネット・サイトで評されていましたが、私もこのピアノは音が非常に良くきらびやかだと思いますし、また不思議によく鳴ります。鍵盤はとても軽く、私は一時期鉛(釣りのオモリ用の)を入れて弾いていましたが、その鉛は現在ははずしてあります。しかしそのほかに20年くらい前に業者が入れたと思われる鉛も入っていて、それはそのままはずしていません。
写真からはわかりませんが、白鍵のプラスチック(元は当然象牙だったと思われます)は、多分20世紀中頃にその時代のものに交換されたようです。黒鍵は黒檀で、最初のものそのままで変えられていないようです。それから弦は当然交換されていると思います(もしかしたら数回)。またハンマーやダンパーなどの尖端部分も交換されていますが、ほかのメカニズムはそのままのようです。鋳物の枠は20世紀中頃か後半ぐらいに金色に塗られたようです。本体ボディなどは、機械ではなくカンナで削った痕跡が側面などに見られ、20世紀初めの製品の古さが見てとれます。全体に古いに違いないですが、痛みはそれほどひどくなく、長い間使われないで倉庫かどこかで眠っていたのかもしれません。
ヴァイオリンなどの木の楽器は200年ほど木の内部の組織が締まりつづけると言われ、だんだんいい音になっていくところがあり、この楽器もあと100年くらいは質を高めていくのではないか(あるいは少なくともそれほど悪化していかない)と思われます。
私はこのピアノが大好きで、じつは最初に弾いた瞬間に買うことを決めました。まさに名器だと思います。しかし響板(弦の下に張ってある大きな板)にはヒビが入っています。とはいえ音には問題なく、私はそのまま修理せずに使っていました。またピアノ会社や技術者の人にも言われましたが、修理しても反対に鳴らなくなってしまう可能性もあるそうで、修理はしないほうがいいようです。また見た目にもそのヒビは見えないくらいで、ひどい乾燥の時だけ見えてくるような状態です。太陽が光を放っているような譜面台は一枚の板を彫って作ってあって、これほど手間のかかる仕事を今やったら、すごい値段がつくでしょう。
毎月1日か2日僕は弾き語りソロをこれでやっています。まさに銘器にふさわしい音で、聴いている人たちもいつも感激してくれます。どうぞ皆さん折を見ていらっしゃって、このピアノを聴いてみてくださいな。またドラムなしの小編成ならこのピアノが使えますから、歌手の方も利用可能です。このピアノで歌に新しい息吹がそよいでくるかもしれませんね。ファーラウトに新しい楽しみが増えました。
どうぞ、暇を見つけて、シードマイヤーを見に来てください。ピアノの好きな方はこれを見ておかないと損ですよ。村尾陸男